FOU’s blog

日本の大学 今 未来

看護学部 今 未来を考えてみる

 高等教育としての歴史の浅さ
千葉大学で国立大学初となる看護学部が設置されたのが1975年、看護教育の老舗っぽく感じる日本赤十字看護大学でも4年制看護学部となったのは1986年。また、国立大学医学部(附属病院)に附置されていた看護系学校を4年制医学部看護学科へ格上げしたのは1980年代以降。これで国公立大学の動きはこれで落ち着きましたが、私立大学看護学部の新設は今でも続いています。
学部4年制になったメリットは、看護学部在学中に助産師、保健師の資格や教職免許も取得可能となったことがあります。また、大学からのメッセージがあるとすれば、看護教育以外に共通教育系科目で幅広い全人的な教養や語学を学ぶ機会ができましたよ、と(いるかいらないかは別として)謳(うた)っています。

学びのコスト
4年制化のおかげで、学びの成果として『看護学士』が取得ことになった一方、支払うべきお金(学費)は巨大化しました。国公立大学なら入学から卒業までコミコミで250万円程度に抑えられますが、私立大学では年間の学納金が150万円以上のところがほとんど、入学金などの諸経費を含めれば700万円の支出を覚悟しないといけません。医学部卒業者(医師)の高収入と異なり大学卒業後看護師として就職した場合の収入を勘案すると大きなリスクを背負った投資になります。

筆者の感じている看護業界 
私が働いていた看護学部・研究科でも、実習分野で雇用されている助教レベルは毎年大量退職・大量採用の繰り返し。また、現在勤務する大学の医学部附属病院(1000床規模)の看護師にかかる人事異動をみることができますが毎月複数の誰かが辞めそして誰かを採るを続けています。看護師(特に20代)の給与は夜勤があるから高く見えるだけ。出産育児の増える30代になると収入は自ずと下降傾向。求人は多いものの勤務環境は物理的にも精神的もストレスがたまりやすく疲弊することが多い、という現実は(崇高な仕事ですが)おぼえておくほうが良いと思います。

私立大学経営者からみた看護学部
一方私立大学経営の立場で考えれば、定員100人の看護学部を作れば4年間で一人あたり(入学料+授業料年額150万円×4年その他経費を入れれば)700万円を払って卒業することに、いまでも志望者が多いので経営上魅力のある学部といえます。
また、雇用する教員も質を求めなければ(特にマル合審査の必要な大学院を併設しない場合)安価にそろえられるし学内実習設備についても薬学部設置と比べれば高価な投資も必要ありません。
私立大学でも自らの学費が高めなことは認識していて(PRを兼ねて)学部の魅力を出すため成績優秀者を対象に独自の無償奨学金や授業料減免をするなどのインセンティヴを与えているところもあります。受験生としてはそのあたりもチェックが必要かもしれません。

入学後は ー看護学部の文化ー
『働く女性の20人に1人は看護職』
この表現は女性が活躍する場としての看護師業界の現在を説明する際よく用いられています。受験生のひとはオープンキャンパスへ行くことがあればこの言葉を聞くことがあるかもしれません。この女性上位の有り様が現在の看護学部の文化を物語っているともいえます。

教員の雰囲気
医学部と異なり、看護学部の入学者はどこでも女性が過半数を占めますが、教える側も女性が圧倒的多数。その教員たちは、学内施設で実験機器をいじって研究(実験系)するようなことのないデスクワークが中心なので結構気楽。教授レベルは(教えるだけが仕事なので)授業・実習の用事があるときだけ大学にやってくる感じ。このあたりは人社系教員の雰囲気と似ています。反対に実習担当の准教授・助教クラスは雑用が多くいろいろ大変そうです。そのような中でも一生懸命な先生は外部の医療施設などでの看護の取り組みなどを中心に研究しています。そんな状態なので特に大学院を持たない看護学部の研究分野は低調、採択件数の多い科研費・基盤研究(C)あたりでも受給していたら『すごい』状況です。
また、教員内部で研究志向の教員と実際の医療現場での経験値に基づく実務系の教員と対立はよく聞きます。

勉強はそこそこします
医療系でなおかつ資格取得のための学部ですから、カリキュラム上必ず履修しないといけない多くのコア・カリキュラムで構成され、4年間をとおして講義、実習科目が豊富。学びの足りない人社系学部の学生と比べれば4年間みっちり勉強をしないといけません。

アタマの悪い私立大看護学部ほど学生への締め付けはきつくなる
例えば低迷私立大学の人社系学部ならアタマが悪いまま学生を卒業させても良い(仕方ない)のですが、看護学部では事情が異なります。看護学部を卒業する学生には看護師受験資格が与えられ、その試験を受けることになります。大学側としてもその合格率に「社運」をかけているわけなのでなんとかそのパーセントを上げようと様々な学生への締め付けが生じます。特に下位の看護学部を選ばざるを得ないひとはおぼえておくほうが良いと思います。ある意味面倒見の良い大学ともいえますが、その該当者になるとハードなキャンパスライフになりますので普段からの学習が大切です。 

大学選びのポイント

優れた実習先が確保されているか
どこの大学HPをながめていても、必ず『本学は充実した多様な実習先を確保』的な記載はされています。在学中に病院、介護施設、在宅、地域コミュニティー等多様な場で十分な実習の場が提供され実践を受けられる機会があることは将来それぞれの専門職に就く際の大きなメリットになります。大規模な病院や諸施設は認証評価や社会貢献・社会的責任の立場から看護学生の実習は引き受けてくれますがそれぞれ受入人数、期間には限界があります。
公立大学看護学部なら県立病院、市立病院など関連する医療施設が堅実に実習を引き受けてくれるでしょう。同様に医学部を有する大学の看護学部も当然大学病院で先進的な看護実習を受けることが可能、また私学でも(例えば)日本赤十字と関連する大学なら多様な関連施設での実習を受けることが期待できます。
昨今の看護学部の急増で受け入れ先はどこでも飽和状態、特に新設看護学部学生まで十分な期間受入れができる病院は多くないとのこと。このような情報は、大学の提供するweb上ではつかみにくいので、できるだけ多くのオープンキャンパスに参加し直接それぞれの大学の担当者に聞き状況を把握する方が良いと思います。

受験倍率の低い(だれでも入れそうな)大学
学生の質が低いと教育の質も低下することが予想されます。また、就職時の大学の評判も気になります。

大学HPに教育情報が少なく教員の経歴などが記されていない大学
『学校教育法施行規則等の一部を改正する省令(平成22年文部科学省令第15号)』の施行以降、大学は、積極的にその保有する情報を公開するよう義務づけられてきました。教員情報の提供はわかりやすい一例ですが、受験生に対して誠意をもって情報を提供しない大学側の姿勢が問われます。このあたりは複数の大学のHPを見比べるとだんだん分かってきます。

受験に際してー基本的なスタンスー
国公立大学優先
看護学部のレゾンデートルは疑う余地なく看護師資格の取得が100%。それなら低いコストで済む国公立大を選ぶのが基本、私立大学を選ぶとすれば何らかのインセンティヴを得られることが必要です。
理由も明快、繰り返しになりますが、卒業後普通の看護師としての働く生涯給与を考えれば私立大学の授業料は高すぎます。これにJASSO奨学金(貸与)なんか受給したら卒業時の借金が1000万円近くにふくれあがります。特に女性の場合、出産育児にかかる収入の減少時期も考慮にいれる必要も生じるでしょう。一浪してでも国公立大を選ぶ方が賢明といえます。
なお、これらは一般論で、お金に余裕のあるひと、何か別の価値・目標のあるひとは、(例えば)リッチな私立女子大看護学部を選びラグジュアリーなキャンパスライフを過ごすのも悪くはないでしょう。

地方の大学でも十分
地方に住んでいるひとのイメージとして、東京に行けば良い大学があって良い教育を受けられる、と印象を持ちますが、看護学部における第一の目的は看護師免許の取得。それだけなら地方だからといって教育の質が落ちるわけでもありません。また、首都圏のウィークポイントは国公立大学の少なさ。東大や東京医科歯科大の看護系学部・学科は非常に優れていると思います。しかし、それ以外の絶対多数の看護学部は私立大ばかり。学費の高さと東京での生活費を考えればかなりの親不孝な状況に陥ります。首都圏や関西圏の大学は自宅通学できる範囲の人が行けばいいと感じます。

以上が基本的なスタンス、あとは受験偏差値、自身の好みで絞り込んでいけば良いと思います。 

たくさん学びたいひとは、
真面目に高いレベルの看護教育を学びたいなら旧帝大系医学部保健学科とそれに準ずるところ。将来の研究者養成も念頭においた教育が行われ国際性も高い。そのまま大学院へ進むことも十分可能。ただ、どこも定員が少ないのが難点ですが、がんばってみる価値はあると思います。また、特色ある教育なら防衛医科大学校看護学科。基本的には防衛医大看護学部版、看護師資格取得後防衛省関連施設での勤務の義務を果たす必要がありますが給与をもらいながら学ぶことができます。

入学後
普通に学べば4年後に卒業して国家試験、そして普通に学んでいれば看護師資格取得、勉強は大変でしょうが結構単調で早く進む4年間です。その中で学生それぞれやってみたいことはあると思いますがここでは国際好きな筆者のサジェスチョンをいくつか。

やる気のある人は海外
最近の日本の大学のトレンドは『国際』だの『グローバル』なのですが、そもそも日本の看護師資格取得が目的の学部なので国際性のある分野の教育は立ち後れています。今後、国際的な災害時医療への対応や国内的には訪日外国人の増加もあり活躍の場が増えることは予想されるのですが今ひとつはっきりした動きはありません。そんな中、表現的には『ざっくり』になりますが、今後を見据え、国際的な立ち位置で学び・働きたい、英語などの語学力を活かして看護の場で働きたい、ような思いは大切だと感じます。

特に国公立大の看護学部なら学術交流協定(MOU)と学生交流覚書を締結した海外大学の数は多く、学生が海外で学ぶプログラムは少なからず用意されています。例えばG7諸国の海外協定大学へ行く機会があれば日本と異なる優れた看護教育・実践を知ることができるでしょうし、ASEAN諸国での看護の実情を知ることも良い経験になると思います、また、貧困が支配するような地域でいかに看護をおこなうべきかなど、海外でしか体験しえない出来事に遭遇することは、きっと学生の皆さんに何かを残してくれると思います。学部学生に提供するプログラムの多くは短期研修が多いと思いますが、関心を持った人は本格的な留学の機会などを探ってみましょう。若いときに経験するこのような機会は日本の看護の在り方についても問題意識を持つことができるかもしれません。
※一部の私立大学で国際看護学部の設置する動きがあります。筆者の考える方向性とは異なる部分もありますが看護の領域に『多文化・多言語』を導入することは基本的には良い傾向ですので今後も見守っていきたいと思います。(さらに大学院まであればなお良しです。)