FOU’s blog

日本の大学 今 未来

薬学部 今 未来を考えてみる その1 制度編

筆者が大学卒業後、最初に仕事に就いたのが私大薬学部(当時は4年制)。約6年間、入試・教務部門で常勤職員として勤務しました。また、筆者の大学時代、とあるサークル活動の中で薬学部学生の知人がたくさん、そして時は流れ、今では、そのうちの何人かは、某私大医学部附属病院薬剤部の管理部門の薬剤師、公立病院薬剤部の要職で勤務しています。おまけに、私の(仕事の)友人は、少し前まで国立大薬学部(4年制・6年制混合)の教務係長。そんな様々な因果で長く薬学教育と薬剤師さんを見てきました。長く見ているほどに現在の薬学教育のあり方について様々な疑問が生じてしまいます。この項が長編になるのはそのあたりが理由になります。 

薬学教育と薬剤師教育は両立する?
その構図は、30年(以上)前から同じ。私大薬学部は、いつも薬剤師国試で大騒ぎ、方や、国立大ではその軽視が続いています。その温度差は何かを考えてみると、他の医療系である医学部や看護学部は、その必然として、卒業後、非常に高い確率で医師免許、看護師免許を取得し仕事に就きます。しかし、薬学部は、卒業後の多様性が大きく、研究職や民間企業で職に就くのであれば、薬剤師資格の必要性は高くはありません。しかし、近年、現実的には6年制薬剤師コースのみとなる学部改変が進行。さらに問題を深刻化させているのが、2000年以降の過度な薬学部増加による、そもそもの教育の質の低下が拍車をかけていると感じます。

そのような状況の中、筆者がもっとも気になること。それは、薬学教育と薬剤師教育との相関関係。薬学教育の中から派生した一部分である(はずの)薬剤師教育のみを偏重すると、結局、薬学教育自身が行き詰まってしまうのではないか、ということ。ここでは、薬剤師教育からの視点ではなく、そのおおもとの薬学教育と大学のあり方に視点をおいて考えてみます。 

ざっくり薬学教育の歴史 旧制薬学専門学校(薬専)と大学医学部薬学科
歴史のある薬系私大は、戦前の専門学校令による『薬専と呼ばれた薬学専門学校を起源として誕生しています。『薬専』は、もともと薬剤師(に相当する人材の)養成が主たる目的で設置されたもの。また、戦中期に『薬専』を女性に開放したこともあり、その系譜を受け継ぐ私大では、現在でも在学生の女性優位が続いています。方や国立大、医学部薬学科(医学部の中にあった研究分野の一つ)から独立(薬学部へ格上げ)した系譜が多く、当初より薬学研究を主体として発展する土壌がありました。
以上のように、日本の薬学教育の業界は、薬剤師養成と薬学研究という二つの系譜を持つ中それぞれが現在に至っています。

6年制薬学部へのみちのり

30年前、私がまだ私大薬学部で勤務していた頃から6年制の話は聞こえていました。以下は、当時、筆者がいた大学事務部での『6年制薬学部になったらどうなるのかなあ』の評価(現場の雑談レベルですが今でも耳に残っているもの)。

6年制の必要性
当時の4年制薬学部では、全体的にカリキュラムが窮屈(国試で指定する科目を履修しないといけないので科目選択の自由度が低い)、さらに、薬剤師試験受験資格取得のために行う学外実習について、実施する期間・割当て(学生と病院との様々なマッチング)が非常に大変。
6年制の慎重論
①薬学教育で在学期間6年は長過ぎー婚期が遅れるー
⇒普通に卒業して24歳。(当時の時代的背景もあり)女性主体の私大薬学部で6年制を実施すると確実に志願者が減少しその質が低下するのでは、という危惧
②普通に考えて授業料が1.5倍に。志願者、家族がこの支出に耐えられるか?                      

これらが30年前の状況、多分、もっと前からこのような論争が続いていたものと思われます。

『軒を貸して母屋を取られる』薬剤師養成6年制プログラムへの移行

2000年を過ぎたころから6年制薬学部の話が具体化、2002年に現行システムへの中教審答申『薬学教育の改善・充実について』がでることになります。なお、医療系学部の教育研究、その後の資格試験については、厚労省も大きく関わっています。日本の中央官庁的な足して二で割る政策決定が、この新しい薬剤師養成の新制度にも感じられます。
※これらの経緯は、文科省HP(特に中教審関係)の検索で簡単に見つけられます。

薬剤師養成は6年制学部(これが基本)、研究需要に応じて4年制学部+2年修士
文科省の最終とりまとめでは、薬剤師を養成するため、モデル・コアカリキュラムによる履修制度と長期実習を取り入れた6年一貫性制学部とすることが適当とされる一方、研究者の養成といった薬学教育の多様性を考慮する必要性から4年制学部+2年修士のプログラムも併存させ、医薬品に関わる基礎研究、医薬品開発・製造等に従事する研究者・技術者、衛生化学や薬事行政の専門家等多様な薬学人材養成も必要なことも『配慮』する、というツートラックというか玉虫色的なところから始まります。なお、4年制学部のプログラムは、薬剤師になれる移行措置が終わったこともあり、活用している大学は非常に減少しています。

『薬剤師の国際通用性』の必要性
少し唐突に感じますが、薬学部の国際化の必要性にも踏み込んだこと。諸外国の薬剤師養成期間(5~6年)に合わせ、授業内容を国際通用性のあるレベルまでアップさせ、将来的には国際資格にまで格上げして様々な国々と相互乗入れを行える土壌をつくりたい、という言葉も追加。
多分、この『国際性』は、(国際・グローバルという言葉が大好きな)文科省側からの要請のように感じます。この言葉により、それぞれの大学では、英語に関係する科目の充実や海外研修のような試みも散見されています。

その反対に、特に私立大学では、在学生の(海外)送り出しは出来たとしても、外国人留学生の受入れは、高コストと6年制の中で継続されるドメスティックな薬剤師教育のプログラムで(特別なインセンティヴでも無い限り)事実上困難に感じます。また、海外の大学から、学術交流協定(学生交流覚書)などを利用して、留学(短期)したとしても、(薬剤師教育を優先した現行プログラムの中では)学びのメリットも得られるメリットともに限定的です。               

高コスト化 私学の学費は実質1500万円を想定
薬剤師養成を行う6年制薬学部は、私立大学に依存しています。その多くでは、1年で200万円を超える学費を学生に求めるところがほとんど、入学料など諸経費を加えれば6年在学・卒業で1300万円。留年リスクを加味すれば、1500万円を用意する必要があります。これは、結果的に、このコストを払えないと薬剤師になれない仕組みができあがったということ。この6年制薬学部を目指す人たち、家族は、この6年という時間とコストの費用対効果に納得して入学(投資)することになります。
※(筆者は)仮に大学で学ぶために1500万円の予算があるのなら、アメリカやカナダの大学進学を計画してみることをすすめます。 

モデル・コアカリキュラムとユニバーサル・アクセスの時代に入った大学
現在の高等教育の有り様を話すとき『ユニバーサル・アクセス』という言葉は、とても重要で、別の機会にも話したいと考えていますが、簡単にいうと「大学とその教育は、優れた学力がある一部のひとのためのもではなくなり、全て(ユニバーサル)のひとの手に届くところまで拡がった」段階。大学自体は、えり好みさえしなければ誰でも受入れてくれるようになりました。

それはそれで良かったのかもしれませんが、6年制薬学部の場合、その次(薬剤師になる)のステップが待っています。薬剤師は、ユニバーサルになりたい人がなれるわけではありません。現在の状況は、大学受験の段階で将来的に薬剤師試験の合格にリスクの高いひとであっても、(どこかの)大学は、受入れてくれるようになったと理解できます。

同様の課題が生じている学部は、大学(院)を卒業・修了したのち公的試験をクリアしないといけない業界(医療系学部全般、教員試験が待っている教職系学部、法曹資格のために設置された法科大学院など)、反対にMBAプログラムのような修了したらそれだけでOKな社会人向大学院の方が、制度上は楽ちんかもしれません。

このような日本の薬学部の状況を、筆者は、(ナンチャッテ)マーチン・トロウ的に検証すると、エリート段階(上位15%)に存在する大学(主として旧帝大のようなところ)は、教育・研究ともに充実していて優れた研究者・薬剤師を輩出しうる、マス段階(上位50%まで)では研究力はやや劣るが教育の水準は担保され一定の薬剤師養成も可能、ユニバーサル段階(上位50%~ほぼ入りたい人はだれでも入れる)に定義される大学では、一定水準の薬学教育は実施可能だが上位の大学と比較すると卒業時、社会的要請に十分応えられない人材の輩出にとどまることもある、と考えるのが妥当だと感じます。
なお、筆者は、彼が定義する3段階の『位置にある』大学の状況という解釈で説明に用いています。

※補足として、1970年代から90年代にかけて米国で活躍した社会学者、マーチン・トロウ(名誉教授だったUC Berkeleyの記載では、higher education studiesで国際的に認知された人物※、となっています)による大学(とその教育)の分析は、当該国での経年的な大学の進学率の推移に基づく社会の様々な変化について、3つの段階に分けて説明できるところが非常にわかりやすく感じます。(なお、日本においては、同様の立場にあった天野郁夫先生が中心となり、同様の視点から高等教育に関する提言を行っています。こちらも非常に参考になります。)21世紀に入ってから、日本の文科省も彼の学説を論拠として中長期的な高等教育のあり方について、その方向性を定めています。ただし、すでに彼の没後10年以上の歳月が流れ、彼の生きた社会情勢と現在は大きく異なりつつあることも事実。今を生きている者は、彼の提言をどのように評価し活用していくかが課題となる時代が来ています。日本で大学事務職員をやっている若いみなさんもSD研修などで彼の考え方を学ぶ機会があったらいいなあ、と感じます。
UC Berkeley News (2nd March 2007), Martin Trow, leading scholar in higher education studies, dies at 80      https://www.berkeley.edu/news/media/releases/2007/03/02_trow.shtml

モデル・コアカリキュラムについてもここでは深くは掘り下げませんが、学生がそれぞれの履修上のポイントについて、ちゃんと学びができ、必要な知識を得て、実践に使うことができるかについて、細かい単元ごとにチェックしていく学習方法。卒業時に国試が待っている医療系学部、ロースクールなどに向いていて、最近では、教員養成系の分野にも取り入れられつつあります。
(筆者の個人的な認識ですが)コア・カリによる教育システムは、大学のユニバーサル化(ここでは誰もが入学できる大学の意)が進む中、大学ごとに生じる学生の学修レベル差(例えると東大京大の薬と学力下位大の薬)があっても、卒業時には(最低限)一定の質は担保されていることを保証(しようと)するシステム。そのために、それぞれの大学の学力水準(主として偏差値)ではなく、該当する教育の到達目標を定めるガイドライン(コア・カリキュラム)ができた、と考えれば良いと思います。この必要性の一つに、病院などで行う(薬剤師試験のための)実習について、どこの大学からやってきた学生でも能力的にデコボコしない一定の学修水準を求める(求めたい)ため、とも言えます。ただ、当然、制度上、これは学力下位の大学へ行けば行くほどその学生たちには大きな負担になります。 

法科大学院構想との類似性から考えてみる
法科大学院ロースクール)は、薬学部改革の数年前から開始されました。ご存じのとおり、最初のうちは数多くの法科大学院が、これまで司法試験に縁の無かった大学を含めてたくさん誕生、一時はバブル状態、そして今は揺り戻し、淘汰、収縮が進んでいます。これは基本的に法曹界法務省文科省が、時代の要請で、これからは、多くの弁護士を中心とした法曹人口が必要、そのためにアメリカンなロースクール的なスタイルでやってみよう、ということでしたが、そもそもこれまで司法試験に縁の無かった底辺大学までが、需給見込みも考慮せずロースクールを作ったことが、現在の(事実上の)破綻と混乱を生じさせたといえます。

法科大学院の司法試験の合格率は7~8割が目標
この状況は、設置趣旨、人社系大学院・医療系学部の相違はありますが、国家試験制度の中にはめ込まれた高等教育制度、ということで考えれば、現在の薬学部でも参考にできます。法科大学院は、学部卒業後の専門性の高い司法・法律を学ぶ研究科である一方、薬学部は、(高校卒業者が入学することを前提とする)6年制の学部教育であることを念頭におけば、8割以上の合格者を出すことを目標とすべきだと(筆者は)感じます。このような目標設定は、法科大学院では、かなり前からの提言されていて、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである※、となっています。実際、合格率を大きく下回る法科大学院は、既に受験生の減少、定員割れ、大学院自体の廃止が生じています。
首相官邸HP トップ>会議等一覧>司法制度改革推進本部>司法制度改革審議会意見書(抜粋)

受験生にわかりやすい情報公開が必要
残念なことですが、6年制薬学部の中には、留年、退学者が多く、実際の薬剤師国試の合格率も低い大学であっても、そのHPでは、にこやかな学部長あいさつや楽しそうに学ぶ若者の姿だけを載せた薄っぺらな情報提供しか行ってくれないところがたくさん。今現在でも、自分に有利になるような薬剤師国試合格率のみを見せて学生を集めるような大学があることは事実といえます。
このような、大学側に依存する様々な情報を交通整理するには、誰か(文科省あたり※)が主導して、薬学部のある全ての大学が、標準卒業年限6年で何パーセントが国試合格できるのか、について、正確な統一された数値を公開させ、それについて大学はどう考え、どう対応しようとするのか、どんな取組みをやっているのか、について、広く情報公開することが必要だと思います。

今の状況を『オトナの事情で長年続く制度設計のまずさ』と考える筆者は、早急に誰にでも見える形で対策を行う必要があると感じます。特別に複雑化した数値を出す必要はありません。全ての大学で統一した数値を出すこと、それだけです。

具体には、全ての大学で同じ尺度を用いた各年度ごとの大学入学から卒業までのできるだけ単純化した統計数値
例:20XX年度入学者数200名

    6年次終了時点の状況(卒業者数160名、留年者数20名、退学者数20名)

  そのうち国試受験者数150名(合格者数130名)

※この程度の単純な数値も出し渋る大学があることを、受験生とその家族は、記憶しておく必要があると思います。 

※現在最も客観的で見比べしやすい資料2つ

文科省HP http://www.mext.go.jp/a_menu/01_d/1361518.htm
全ての薬学部の入学~卒業までの就学状況と国試合格状況を知ることができます。
多少分かりづらいですが6年制薬学部の現在を知るためには非常に重要な資料です。※リンク切れの場合『文科省 薬学部 入学試験・6年制学科生の就学状況』の検索でみつかります)

薬学評価認証機構HP http://www.jabpe.or.jp/ 【本機構の評価結果】部分
大学(学部)が定期的に受ける認証評価情報。認証評価の方法は、審査対象大学側が提出する資料による書面審査と一部実地審査を行うことにより、その結果を公表します。関心のある大学については、目を通しておくことが重要。なお、その記載は、専門性が高い部分もあるので、正確に理解するには、複数の大学の評価結果について目を通し、比較対照することが重要、どのようなポイントでどのようにチェックが行われているかつかむと良いと思います。 

薬剤師教育の重点化と薬系大学の近未来
閉校するのに最長18年早めの店じまい
大学設置基準上の理論値として、6年制学部なら、通常課程6年+留年6年+休学6年で計18年の在籍が可能。大学は、在学生が休学留年を繰り返した場合でも、卒業なり退学なりして全員が大学を去るまでは、学部組織を残して教育を提供し続けなければなりません。低迷している学部が、募集停止を考えるのであれば、財務状況に余裕があるうちに勇気ある撤退を考えなければ、多くの関係者に迷惑をかけることになります。

ある程度の(悪い)段階まできたら
薬学部の特色として、大学の地域偏在性があります。西日本を見回すと、関西圏では京阪神地区に集中。その一方で奈良、和歌山県は空白地域。中国地域では鳥取島根県も空白。九州・四国地区も選択肢は少なく沖縄県にも設置がありません。(かなりの力仕事になりますが)存続の厳しいいくつかの薬学部は、公立法人化を進め、統合したり移転させ、これまで薬学部がなかった地域で存続させるのが良いと感じます。

 

この項 おわり まなび編 につづきます

 

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