このことについてはブログネタにする人はいなさそうですのでとりあげます。基本的に書いていることはごもっともなことばかり
いいたいこと ーお金がありませんー
令和6年6月7日付けで、国立大学協会声明ー我が国の輝ける未来のためにーが公表されました。(こんなのって何十年かたってから『へ~っこんな時代に国大協がこんな声明だしてたんだ…』と未来の人が感慨にふける資料になるものです)
声明内容は、大学に関わっているいる人(筆者)なら特に目新しいことは感じませんが国立大学で困っている問題意識を改めて文字に起こしているもの。筆者としては異論反論もなくそのとおりだと思います。確かにお金がありません。基本的に収入が増える要素がないのに文科省が減額するからこんなことになるんです。
基盤経費(運営費交付金)の仕組み
国立大学が法人化してから、もう約20年になるのに、いまだ運営費交付金はあてにしないで自主財源で頑張れの方針を続けるのは如何なものかと。そのくせうまくいかなくなると指定だの卓越だのの言葉で差別化し支援をするのも問題の根本的な解決にはなってはいません。
このこと、長めのスパンで見ていると、毎年文科省が国立大学関係の概算要求をしても財務省側から要求基準だのシーリングだのの縛りを提示されて跳ね返されています。財務省さんは予算が減額されるとHappyな気分になる人たちですので、特に新規事項での増額は厳しく査定されがち。どうみても役人同士ではらちが明かないので、口先だけでない政治の力(文科大臣より上)で財務省に圧を加えないとこの先もずっと今の状態が続きます。
輝ける未来への協働
将来への取り組みとして、①博士人材、②多様性、③国としての知の水準、をあげています。特に博士人材の育成については、近年、成果はともかく様々な取り組み(自体)は行われてきました。筆者の問題意識は、ざっくりした物言いですが、日本企業の幹部が海外企業の幹部と名刺交換したら、その肩書には、Dr. や Ph.D が普通に加わっています。Bachelor は、名刺に入れるレベルの称号でもありません。日本の大学は1960年代初めころからエリートからマスに動き始めましたが、その動きは学部教育まで。大学院については、一部の業界(教授職・研究者)以外には期待されていません。グローバル化された世の中での大学院教育の有用性は、誰もが早く気付く必要があります。
おしまいに
THEのようなランキングの中での日本の大学の姿は寂しい限り。もちろん評価方法の問題もありますが、海外からの日本の大学の視線はこの程度とは言えます。いつまでも大学は、昔の日本陸軍のような、信念・精神論でのがんばりでやっても良くはなりません。財政支援は必ず必要。特に国立大学は、国の施策により日本全国に作った事実があるわけで、それを今さら地方国立大をないがしろにしてはいけません。ただただ輝ける未来のためみんなでがんばってもらいたいものです。
お金があればできる事例 ー沖縄科学技術大学院大学OISTー
一応カテゴリーは私立大学となりますが、政府からの資金(内閣府)で作られたケース。沖縄本島の那覇から離れた恩納村というロケーションに設置されていても、海外でも評価される大学となりました。地方の国立大学でも予算をかけて特色のある重点施策を行えば良い教育研究の場を提供できる事例になると思います。
この時は国立大学ももっとよくなるいってたんだけどなあ…